
「母親は2歳の頃に失くして、父子家庭だったんすけど父親も2年前蒸発したんすよね。フッ(笑)」
と話すのは22歳のフォトグラファーの青年。
たまたま仕事のロケで知り合って、帰りの電車の方向が同じだったので彼の身の上話がきけた。
ロケの移動中ひたすら爆睡していた彼は、26歳の僕からしても今の若者をそのまま体現した今どきの青年にみえた。
なんだかマイペースだけど、なんだか大物感が漂う感じだ。
「今は、バンドのライブ写真を撮ったり、キャバクラとか風俗嬢の写真を撮ったりするのがお金になりやすいです。」
「毎月生きるのに必死っすよww」
という言葉と彼の鋭い目つきからは、都会育ちとは思えない野性味と22歳とは思えない“大人にならざるを得なかった過去“が伺いしれた。
彼の撮る写真は確かに素晴らしいものだった。
たった10分間。
渋谷から高田馬場まで電車に乗っている間に僕には彼が光って見えた。
ギリギリの生活をしているのにも関わらず、好きなことで一生懸命になる彼に人としての美しさみたいなものを感じたんだと思う。
若者のパワーってこういうことなのかと思った。
必死で生きて、自然に何かの形ができあがっていく。
作為的に成された訳でなく、彼の運命がそうであるんだとはっきりと分かった。
彼は飲み会で知り合ったつてで仕事をもらっているという。
飲み屋は苦手だけど参考にさせてもらおう・・・。
・・・
「この人には何かある」と感じることが若者に多いのはなぜだろう?
他人からみたとき、僕には「何かある」のだろうか?
ニートの時、動画編集で食べていけるようになりたいと思っていた。
でもいざ少しばかりそれができるようになると、また空っぽに戻り欲しい称号が増えていく。
アブラハム・マズローの「欲求の5段階説」をみると、今ぼくはどこにいるんだろう?
実家だから所属と愛の欲求を求めている段階だろうか。
生きることに必死な人ほど輝いてみえるマジックと、社会的ポジションを得ることは
自己実現の欲求に矛盾を起こしている気がした。
有名になれば成功? 月収100万稼げれば成功? 好きな人と結婚できれば成功?
どこに向かって歩いていくのが正解なのか、人は何を指針にして歩いていくのか。僕は知りたい。
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